2021.03.11 自然災害特集2021 東日本大震災から10年 災害対策を高度化する保険業界、教訓生かし、強靭な体制構築へ

 東日本大震災から10年が経った。2011年3月11日午後2時46分過ぎに三陸沖で発生したマグニチュード9.0の大地震は、巨大な津波を伴って岩手、宮城、福島3県の地域住民や企業を中心に甚大な被害を与えるとともに、福島第一原発事故を引き起こすなどして、その影響を日本全体に波及させた。未曽有の大災害に対して保険業界は、さまざまな困難があった中、保険金の迅速な支払いや被災者支援にまい進し、被災地の復旧・復興に尽力した。そしてこの10年間においては、地震のみならず台風や豪雨などの自然災害が全国各地で発生する中、東日本大震災の教訓を生かして大規模災害対策の高度化に取り組み、契約者にしっかりと保険金を支払うための強靭な体制の構築を進めてきた。

デジタルを活用した損害サービス対応
 東日本大震災以降、損保業界では地震保険制度の改定や損害査定の簡素化、契約照会センターの設置などに取り組むとともに、地震保険の普及推進や被災地の復旧・復興支援に注力してきた。
 地震保険では、損害区分の3区分から4区分への細分化や免振建築物割引、耐震等級割引での割引率拡大、また、損害査定では電子的に損害調査書を作成できる「地震アプリ」を開発するなど、東日本大震災をきっかけに商品・サービス両面での改善を図った。
 地震保険制度自体については、これまで民間保険会社の危険準備金が大地震1回に耐えられるような再保険スキームの設定だったのを2回まで耐えられるように変更した。
 地震保険の普及推進では、業界を挙げて国民の理解促進に向けた取り組みを進めてきたことにより、東日本大震災が発生した2010年度に23.7%だった地震保険の世帯加入率が19年には33.1%と全世帯の約3分の1に、48.1%だった火災保険への付帯率は66.7%に上昇し、二人に一人が地震保険をセットで加入するようになった。震災直後の2011年3月末に1200万件だった保有契約件数は20年に2000万件を突破した。
 近年、損保各社では地震による損害をより幅広くカバーする保険商品を開発するとともに、デジタルを活用した損害サービス対応の高度化を進めている。東日本大震災では、顧客や被害に関する情報を記録・管理するのに紙の書類を使用していたため、現地に多くの応援者を派遣して事故対応全般を行っていたが、現在はシステムを活用して遠隔地の拠点でも事故対応や進捗管理などが可能になったことから、被災地では顧客対応や損害確認に集中できるようになった。また、従来は事故受付や立会作業の日程調整などには電話やFAXが使われていたが、現在はPCやスマートフォンを使ってウェブを通じたやり取りもできるようになった。
 各共済団体でもこの10年間で、震災被害に対応した仕組みの改訂や新たな共済の開発を行ってきた。また、組合員・利用者とのコミュニケーション強化や、テレビCMや新聞広告、DM、ウェブサイトなどを通じて認知度向上を図り、地震保障(補償)を提供する共済の普及推進に努めている。

活用領域広がる「契約照会制度」
 東日本大震災に際して、多くの被災者が家屋の流出や焼失などによる保険証券の紛失で契約状況を確認できなくなるといったケースが想定されたことから、生保協会では、「災害地域生保契約照会制度」と、同制度を運営する「災害地域生保契約照会センター」を新たに設置し、被災者からの契約照会に対応した。こうした取り組みなどが会員各社の迅速な保険金支払いにつながった。同制度は当初、東日本大震災の被災者のみを対象としていたが、その後、業界横断のセーフティネットとして他の災害でも活用され、現在は高齢化の進展などを踏まえ、平時においても利用可能な「契約照会制度」としての運用が準備されている。
 生保各社では東日本大震災の経験を踏まえ、緊急事態における意思決定スキームを策定したり、システム障害、停電といった事態に対応するためにBCPの適用範囲を拡大したりした他、重要書類のペーパレス化や各種手続きの電子化、緊急時の業務代替拠点の整備などを進めてきた。また、契約者に複数の連絡先や連絡可能な家族の登録を促すなど緊急時を想定した対応を準備している会社も多い。  被災した契約者をすぐ近くで支援する一方、自らも被災して業務が継続できなくなる危険性を併せ持つ地域の代理店にとっても、大規模災害への備えとしてBCPの策定を含めた体制整備の強化が大きな課題となっていた。日本代協では、東日本大震災での教訓や近年多発する自然災害、現在のコロナ禍などを踏まえ、「BCP策定ガイド」を作成し、同ガイドを活用したセミナーを各地で開催するなどして、会員代理店のBCP策定を支援してきた。また、東日本大震災以降、地域住民への自然災害に関する啓発活動を継続的に展開しており、地震保険の普及推進に努めている。
 被災者の近くという意味では、東日本大震災で全国から被災地に赴いた損害鑑定人たちも、過酷な環境の中で膨大な規模の損害調査業務にまい進し、迅速な保険金の支払いに大きく貢献した。それでも前例のない事態の中で、現場では対策室運営やノウハウの連携不足といった問題が発生した。そうした経験を基に、日本損害鑑定協会では東日本大震災以降、地震保険研修の実施による鑑定人や損保会社社員のスキル向上、デジタル技術を活用した鑑定手法へのシフトによる情報共有の高度化、鑑定人と建築士との関係構築など大規模災害時に鑑定業務がよりスムーズに行えるよう体制整備に努めている。
 また、近年の地震保険の損害調査では損保各社が共同で開発したタブレットシステムが普及しており、18年の大阪府北部地震で運用された。また、地震のみならず水害などの自然災害でも衛星やドローンを使った損害認定手法を導入したり、電子データを活用した遠隔分散処理の浸透を進めたりするなど、テクノロジーによる現場作業のさらなる効率化に向けて業界を挙げて取り組みを進めている。

経験を風化させることなく
 この10年間で東日本大震災の被災地には、亡くなった多くの人を偲び、将来への教訓を記した石碑がいくつも建てられた。そこには、どんなに悲しく過酷な状況を見聞きしても、時の流れと共に徐々に記憶が薄れ、やがて忘れていってしまうという人間の習性を何とか押しとどめ、同じ土地に暮らす後世の人たちに同じ悲劇を経験させまいとする強い意志が感じられる。
 3.11から10年を迎えた現在、奇しくもあの時と同様に、災厄とも言える新型コロナウイルス感染症が日本のみならず世界中を覆っている。また、10年という時間の経過によって東日本大震災の経験が風化し始めていることに警鐘を鳴らすかのように、2月13日に東北地方太平洋沖地震の余震と考えられるマグニチュード7.3の地震が福島県沖で発生し、国民にいま一度震災の記憶を呼び起こした。
 いくら災害への対応力を強化しても、人間が生活する環境のリスクをゼロにすることはできない。また、時代と共に新たなリスクも生まれる。しかし、だからこそ、“お客さまを守る”ことを使命とする保険業界には、これまでの経験を風化させることなく教訓として生かしながら災害対策のさらなる高度化にたゆまぬ努力を傾けていくことが必要になるだろう。